理事長挨拶

 わが国では慢性腎臓病(chronic kidney disease: CKD)によって末期腎不全に至る方が増え続け、現在では30万人を超える患者さんが維持透析療法を受けています。腎移植も諸外国に比べると利用される機会が少ない現状はあるものの、確実にその数を増やしています。腎不全保存期まで含めると、その数は膨大です。

 透析や移植といった腎代替療法の進歩は目を見張るものがあります。 しかしながら、これらの治療を受けながらCKDとともに生きる患者さんやご家族にはさまざまな悩みや葛藤が生まれます。時には専門的な治療が必要な「こころ」の病気が現れることも少なくありません。また、高齢化に伴い、近年では維持透析の開始と継続に関する意思決定支援やエンドオブライフケアといった医療倫理的に重要なテーマにも直面しています。

 こうした「こころ」の問題はQOLを大きく低下させるばかりでなく、時には生命予後にも悪影響を与えるとさえ言われています。このため「こころ」を支えるケアはCKDの医療において欠かせない重要なケアの一部と言えます。 しかし残念ながら、多くの「こころ」の問題が見逃され、ケアに繋がっていないことも現状です。適切なケアを提供するために必要な知見もまだ十分には蓄積されているとはいえません。

 サイコネフロロジー(psycho-nephrology)はまさにこの、CKDの患者さんやご家族の「こころ」を扱う学問領域です。腎臓病学(nephrology)と「こころ」を扱う学問である精神医学(psychiatry)、心理学(psychology)、心身医学(psychosomatic medicine)とがお互いの知恵を出し合いながら、ともに作り上げていきます。

 サイコネフロロジーの第一の課題はCKDと腎代替療法が患者さんやご家族の「こころ」にどのような影響を与えるのか、逆に「こころ」の問題はCKDの経過や予後にどのような影響をもたらすのかを明らかにすることにあります。第二の課題は、第一の課題で明らかになったことをもとに、「こころ」の問題への適切なケアを実践的に明らかにすることです。

 これらの課題に取り組み、達成していくためのキーワードは「多職種協働」です。CKD治療には医師(腎臓内科医、透析医、移植医)、看護師、臨床工学技士、移植コーディネーター、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、ソーシャルワーカーなど多くの 職種がかかわっています。 これらの医療者とともに、「こころ」の専門家である精神科医、心療内科医、公認心理師が互いに尊重しあい、協働していくことが一番の道です。

 日本サイコネフロロジー学会はこれらの多職種が集い、腎臓病領域において「こころ」の視点から、患者さんとご家族を中心とした医療(patient/family-centered care)を、全国どこでも提供することができるようになることを目指して活動しています。

 さて、本学会の前身である日本サイコネフロロジー研究会は、当時、東京女子医科大学腎臓病総合センター所長であった太田和夫先生と春木繁一先生が中心となって1990年に発足しました。春木先生は自らも透析患者であった精神科医です。腎臓病医療と精神医療とがタッグを組んだ瞬間でした。小さな研究会はやがて全国に広がり、サイコネフロロジーはわが国の腎臓病医療を支える存在として着実に成長してきました。

 研究会の発足からちょうど30年の年月を経て、2019年12月26日をもって⼀般社団法⼈⽇本サイコネフロロジー学会として新たなスタートを切りました。わが国の腎臓病医療に根拠をもってサイコネフロロジーを展開させていくために、学術的な基盤をしっかりと構築し、新しい人材の育成にも取り組んでいきたいと考えています。

 一人でも多くの方々にご参画いただけることを心より願っております。

一般社団法人 日本サイコネフロロジー学会 理事長
東京女子医科大学医学部精神医学講座
西村 勝治